お知らせ内容をここに入力してください。 ✉メールはこちら

「先生」と呼ばれたくない理由──吉田松陰の「君」に学ぶ、敬意のかたち

「先生、お世話になっております」

そんなふうに、私がメールや会話の中で呼ばれることがよくあります。私の職業は「弁理士」。確かに、国家資格を持ち、知的財産に関する専門知識をもとに、発明や商標、著作権などの保護を支援する仕事をしています。法律や技術、書類作成に精通し、依頼者からは信頼される立場にあります。

しかし、私はこの「先生」と呼ばれるのが、どうしても苦手なのです。

「先生」という言葉に感じる違和感

「先生」という言葉は、日本ではとても便利な敬称です。医師、教師、弁護士、政治家など、いわゆる“知的職業”に就いている人たちは、呼ばれて当然という雰囲気があります。でも、私はその「当然」に違和感を覚えます。

それは、どこかで「上下関係」が出来上がってしまうからです。

「先生」と呼ばれることで、自分が“上”の立場にいるように思われてしまう。そして呼んだ側は、“下”の立場に置かれる。意図せずとも、そこに上下のヒエラルキーができてしまうのです。すると、対等な意見交換が難しくなる。本音を言いにくくなる。これでは、真に良い関係性は築けません。

私は、弁理士という立場にあっても「対等な関係で仕事をしたい」と思っています。相談者は“教えを乞う人”ではなく、共に知恵を出し合う仲間、同じ方向を目指すパートナーです。

ですから、「先生」と呼ばれるたびに、少しずつ距離を感じてしまうのです。

吉田松陰の「君」に込められた思想

そんな私の感覚を後押ししてくれたのが、幕末の思想家・吉田松陰の言葉です。松陰は、松下村塾という私塾を開き、多くの若者に学問と志を伝えました。その中には、高杉晋作、伊藤博文、山県有朋など、後に明治維新を支えた人物も含まれます。

松陰は、教える立場にいながらも、決して自分を「先生」とは名乗らず、相手を「君」と呼んでいたそうです。

たとえば「高杉君」「久坂君」といった具合に。これは、単なる呼び方の問題ではありません。そこには、松陰の「対等な関係を重んじる精神」が表れています。

年齢や経験、学識の差があっても、人としては同じである──。だからこそ、上から教えるのではなく、共に学び、共に志を語る関係でありたい。

その思想に、私は深く共感しました。

弁理士と依頼者の関係も「対等」であるべき

私の仕事でも、特許出願の場面では依頼者と密に協力することが求められます。発明のアイデアを聞き、技術の背景を理解し、どのように保護すべきかを一緒に考える。その過程では、発明者の直感や思考、苦労の歴史に触れることになります。

このとき、私が「先生」という立場でいてしまうと、相手が「こんなこと言っていいのかな」「こんな素人っぽい質問していいのかな」と感じてしまうことがあります。でも、実際には、そういう“素朴な話”にこそ大事なヒントが詰まっているのです。

だからこそ、私は「フラットな関係」を大切にしたいのです。

「君」と呼ぶことはできなくても、「名前で呼び合う関係」や「対等な相談者として接する姿勢」を持ちたいと思っています。

「先生」文化の根深さと変えていく難しさ

もちろん、日本社会には長く「先生文化」が根付いてきました。それは、儒教的な価値観や、年功序列社会、形式を重んじる国民性と深く関係していると思います。

「先生」と呼ぶのが礼儀だ、「先生」と呼ばないと失礼になる、という思い込みが、多くの人の中にあります。実際、私が「先生と呼ばないでください」とお願いすると、驚かれたり、困ったような顔をされたりすることもあります。

それでも、少しずつ、変えていけたらいいなと思うのです。

職業や立場に関係なく、誰もが対話を通じて成長できる関係。上下ではなく、横のつながり。年齢や肩書にとらわれず、お互いを一人の人間として尊重する社会。そんな文化が、もっと広がっていってほしいと思います。

おわりに──あなたは「君派」?それとも「先生派」?

ここまで、私が「先生」と呼ばれたくない理由と、吉田松陰の「君」に込められた思想を紹介してきました。

もちろん、「先生」という言葉そのものが悪いわけではありません。敬意をこめて使う方の気持ちもよく分かります。でも、敬意は言葉だけでなく、態度や行動、信頼によっても表せるはずです。

これからも私は、弁理士という仕事を通じて、多くの方と出会い、協力し、支え合っていきたいと思っています。その中で、「先生」と呼ばれることに固執せず、「一人の人間として、共に歩む仲間」として接していけたら嬉しいです。

あなたはどう思いますか?
「先生」と呼ばれることに違和感はありませんか?
「君」と呼び合える関係に、どんな可能性を感じますか?

ぜひ、コメントやシェアであなたの意見も聞かせてください。

P.S. 吉田松陰さんは山口県の出身です。実は私も、同じ山口県の周南市(旧・徳山市)で生まれ育ちました。とても田舎ですが、自然が豊かで心安らぐ場所です。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次