2025年12月16日、「高次脳機能障害者支援法案」が参議院本会議で全会一致で可決・成立しました。
まず大事なのは、成立=ゴールではなく、ここから“実装”が始まるという点です。
1. 高次脳機能障害とは何か(法律上の定義)
法律では高次脳機能障害を、脳卒中や事故などによる脳の損傷が原因となって起きる、記憶・注意・遂行機能・社会的行動・失語などの認知機能の障害と定義しています。
外見からは分かりにくいことが多く、誤解や孤立が起きやすい――そこが支援を難しくしてきました。
人数については報道ベースで、厚労省推計として 全国で約22万7千人(2022年12月時点) という数字も出ています。
2. この法律で「何が変わる」のか(ポイント)
法律の中身を、実務に近い形でまとめると主に次の5つです。
(1)支援の“理念”を国のルールにする
本人の意思を尊重し、自立と社会参加を進め、地域で共に生きる社会を目指す――という基本姿勢が明文化されました。
さらに「住む場所によって支援の差が出ないように」という方向性も示されています。
(2)都道府県の“ハブ”として「支援センター」を位置づける
都道府県知事が、相談・専門的支援・研修・関係機関連携などを担う 「高次脳機能障害者支援センター」 を指定して運営させる(または自ら実施する)仕組みが規定されました。
ここが、地域の支援をつなぐ“司令塔”になります。
(3)相談体制・家族支援・就労支援などを「国と自治体の役割」として明記
相談体制整備や家族への支援、就労支援(関係機関の連携、定着支援など)も条文として入っています。
(4)教育の場での支援も射程に入れる
18歳未満、また高校等に在籍する人への教育的支援(個別の教育支援計画、いじめ防止等も含む)が定められています。
(5)「やっているかどうか」を見える化する(公表)
政府は支援状況や施策の資料を作成し、随時公表。自治体にも公表努力義務が置かれました。
これは“気合い”ではなく、行政の継続性を上げる仕組みです。
3. いま法律は「どんな状態」?(成立後の手続き)
いまの状況を一言で言うと、**「国会は通った。あとは公布と施行に向けた準備段階」**です。
参議院の議案情報では、すでに12月16日可決・成立が確認できます。
一方で同ページの「その他」欄は、現時点では公布年月日・法律番号が未記載になっています(=ここは今後反映される段階)。
4. 施行はいつ? そして見直しは?
附則で、2026年4月1日施行と明記されています。
また国は、施行後3年を目途に実施状況を検討し、必要なら措置を講ずるとされています。
つまり、2026年4月から動き出し、2029年前後を一つの節目として制度がアップデートされる可能性があります。
5. 既存の支援との関係(ゼロからではない)
実はこれまでも厚労省の「支援普及事業」などにより、都道府県の支援拠点やコーディネーター配置が進められてきました。
今回の法律は、それらを土台にしながら、地域差の是正・連携の強化・継続性の担保を“法律の形”で押し上げる意味があります。
6. 当事者・家族にとっての「現実的な効き方」
法律ができると、明日いきなり全てが変わるわけではありません。
でも、次の3点は確実に効いてきます。
- **相談先の一本化(ハブ化)**が進む
- 医療・福祉・教育・労働の連携が「努力」ではなく「枠組み」になる
- 支援が遅れたときに「制度として改善を求める根拠」が増える
家族団体とともに成立を見届けた議連関係者が「理解が広がり、共生できる社会へ」と述べているように、社会全体の“標準装備”として支援が置かれていく流れです。
まとめ
この法律は、「見えにくい障害」を“本人の努力”だけに押しつけず、社会の仕組みとして支えるための土台です。
次の焦点は、2026年4月1日の施行に向けて、各都道府県で支援センターや連携体制がどこまで整うか――ここになります。
補足:法律とインクルーシブデザイン
1) 法律 × インクルーシブデザインはこう繋がる
法律では都道府県が中心となり、相談・情報提供・連携などの拠点として支援センターを整える方向です。
ただ、制度が整っても「使いにくい」「説明が難しくて届かない」が起きると、現場では支援が回りません。
そこでインクルーシブデザイン――困っている人(周縁の人)を起点に設計すると、結果として多くの人にとって使いやすくなる――が効いてきます。
制度を「絵に描いた餅」で終わらせず、現場で本当に機能する形に落とし込む方法論として重要になります。
2) 支援センターや行政サービスで、インクルーシブデザインが効く場面
高次脳機能障害は“見えにくい”ので、支援は「情報・手続き・コミュニケーション」でつまずきやすいです。例えば――
- 相談予約:電話だけでなく、Web・LINE・メール・対面など複数ルート
- 説明資料:長文だけでなく、図/短い要点/やさしい日本語/チェックリスト
- 面談:質問を小分け、選択式、復唱・メモ共有、同席者の扱いを明確化
- 就労支援:職場向け“配慮の伝え方テンプレ”、業務手順の見える化
- 家族支援:家族向けの「困りごとの言語化シート」「疲労のセルフチェック」
こうした“設計”は、制度があるだけでは自然に生まれにくい。だからこそ、インクルーシブデザインの出番になります。
3) 特許との関係(かなり重要)
インクルーシブデザイン自体は「考え方・進め方」なので、通常はそのまま特許にはなりにくいです。
でも、そこから生まれる**具体的な仕組み(装置・ソフト・方法)**は特許になり得ます。
例(発明のタネ)
- 失語や注意障害の人向けの会話支援UI(確認・要約・選択式応答・誤解検知)
- 支援センター向けの相談記録の構造化+匿名化+連携(同意管理・権限管理つき)
- 就労定着のためのタスク分解・手順提示・疲労推定(認知負荷の見える化)
また行政・公共分野では、Webアクセシビリティ(JIS等)を意識する機会が増えやすいので、アクセシビリティ対応を前提にした設計は実装面でも強くなります。
4) すぐ使える一言まとめ
- 支援法=“支援の土台(制度)”
- インクルーシブデザイン=“土台の上で、使える形にする設計方法”
- 特許=“その設計から生まれた具体的な技術を守る道具”
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