~過去最多の熊被害が問いかける、感情と理性のバランス~
2025年、クマ被害は過去最悪を更新
現在、2025年10月末時点で、クマによる死亡者数は12人にのぼり、過去最多となった2023年度の記録を大幅に更新する勢いです。これはもはや、ひとごとではない緊急事態です。
そんな中、行政に対し「クマを駆除するのはやめてくれ!」という抗議の電話が多く寄せられているそうです。
「かわいそう」「命を粗末にすべきではない」——。そのお気持ち、とてもよくわかります。しかし、なぜ人間の住む地域に出没するクマを駆除する必要があるのでしょうか?その答えを、私たちの「脳の仕組み」 から考えてみたいと思います。
あなたの脳は、子グマを見ると「ご褒美」を感じる
私たちが子グマのような愛らしい生き物を見て「かわいい!」と感じる時、脳の中では特定の部位が活発に働いています。
- 感情と本能のセンター:「偏桃体(へんとうたい)」
- 「好き・嫌い」「怖い・嬉しい」といった本能的な感情を処理する場所です。子グマの愛らしい姿を見た時、ここが「これは危険ではなく、愛おしいものだ!」と瞬間的に判断します。
- ご褒美と快感のセンター:「側坐核(そくざかく)」
- 「気持ちいい」「楽しい」「幸せ」を生み出すドーパミンなどが放出される場所です。甘いものを食べた時と同じで、かわいいものを見るとこの部位が活性化し、ご褒美をもらったような快感を覚えます。そのため、もっと近づいたり、守りたくなったりするのです。
- ブレーキ役:「前頭前野(ぜんとうぜんや)」
- 理性を司る部分です。ここが「かわいいけど、野生だから近づいてはいけない」とブレーキをかけようとしますが、「かわいい!」という感情が強すぎると、この理性が負けてしまうことがあります。
この脳のシステムが働く結果、私たちは「かわいそうだから駆除はダメ!」という感情的な反応をすぐにしてしまいがちです。電話での抗議も、この流れで説明できるかもしれません。
一方で、ゴキブリやコウモリにはどう反応する?
では、ゴキブリやコウモリなど、一般的に「気持ち悪い」と感じる生き物に対して、私たちの脳はどう反応するのでしょうか?
- 危険感知アラーム:「偏桃体」
- 同じ偏桃体が、「嫌悪」や「恐怖」の信号を強く発信します。「これは衛生的でない!危険かもしれない!」という、本能的な危険察知アラームです。
- 「気持ち悪い」の製造工場:「島皮質(とうひしつ)」
- 偏桃体からの信号を受け取り、「気持ち悪い!」「不快だ!」という感覚そのものを生み出します。
- 身体反応
- 鳥肌が立ったり、思わず後ずさりしたりします。つまり、脳と身体が総動員で「距離を取れ!」と命令しているのです。
この場合、ドーパミンによる「ご褒美」は発生せず、むしろ「駆除してほしい」という気持ちが強く湧き上がります。
私たちは「かわいい」だけで判断していないか?
この違いは、まさに脳の初期設定にあります。
- 子グマ → 「かわいい」 → 接近・保護したい(側坐核が活性化)
- ゴキブリ → 「気持ち悪い」 → 回避・駆除したい(島皮質が活性化)
ここに、大きな落とし穴があります。子グマの「かわいさ」は、私たちの自己防衛本能を麻痺させ、その背後に潜む巨大な母グマの危険性を見えなくさせてしまう可能性があるのです。
さらに、この感じ方の違いは文化的にも表れます。
- 日本人:「かわいい」(愛着・保護)
- 中国人:「強い・縁起がいい・役に立つ」(実用性・象徴)
- アメリカ人:「野生・危険・畏敬の念」(距離と尊重)
日本人は特に「かわいい」感情に強く引っ張られる傾向があるのかもしれません。
理性の声に耳を傾けよう:駆除は「必要悪」なのか
クマの駆除は、クマが悪いわけではありません。
彼らはただ、食料を求めて生きているだけです。
しかし、現実は厳しいです。過去最多の死者が出ている以上、人間の命を守るための措置としての駆除は、やむを得ない「必要悪」であると言わざるを得ません。
ここで再び、脳の前頭前野——理性の出番です。
「かわいい」という感情(偏桃体・側坐核)はそのままにしつつ、理性(前頭前野)で以下の事実を認識する必要があります。
- 子グマの近くには、ほぼ確実に母グマがいる。
- 人里に慣れたクマは、より危険度が増す。
- 一度餌付けされると、習性が変わり元に戻れなくなる。
駆除は、個体数を調整し、人とクマの生活圏を分離し、結果として双方の命を守るという悲しいながらも現実的な選択肢なのです。
おわりに
「クマは駆除するな」という声の裏側には、命を慈しむ優しい心があります。それはそれで、とても尊いことです。
しかし、「かわいい」という感情だけで物事を判断すると、時に大きな危険を見落としてしまいます。
2025年という現在進行形の危機的状況を、私たちはもっと直視する必要があります。
脳の「かわいい」と感じる部分を否定するのではなく、それと共存しながら、理性の声「これは危険ではないか?」 にもっと耳を傾けてみませんか。
感情と理性のバランスこそが、人と野生動物がこの狭い国土で共存していくための、唯一の道ではないでしょうか。


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